一周まわって ふりだしへ?
      〜いとしいとしと いふこころ 続編 


     2



武装探偵社の実務形態、職場環境というものは、
一見、ごくごく普通の事務所のそれとおおよそ変わるところはない。
事務職の社員はほぼ女性に占められており。
男性もいなくはないが、そのほとんどは社外にて情報集めを担当しているので
社屋で見かけることはあまりなく。
新人筆頭の敦なぞ、まだ会ったことがない社員が結構いるくらい。
任務先にて付け足しの資料を手渡され、
え?あの人って社員なんですかと目を丸くすることもあったほど。

『それでもそこは探偵社でのお勤めだから。
 世にはそうも過酷なことが実際に起こるのだなぁという見識は、
 普通一般の会社や事務所より高い方だと思うよ。』

犯罪組織がらみの危険な荒事であったり、外つ国関わりの複雑で手ごわい案件、
それ以上に難物の、世間的にはまだ都市伝説止まりな“異能”かかわりの事件などなど。
軍警でさえお手上げな事案を請け負うことが多いとされる社だけあって、
時に、自身や同僚、周囲の人たちの生命にかかわるような、
緊張感が寄り添う任務が多いとはいえ、事務方の空気はどうしても穏やかなそれで。
実働班の探偵たちも、社にては報告書の作成くらいしか手をつけないせいか、
大きな案件に全員で当たっているような非常時を除けば、
たまりである執務室にて交わされる会話は和やかなものばかり。
なので、
伝言がと書類を運んでくるお嬢さんたちと言葉を交わす機会も大いにあって、
見目麗しい調査員たちに負けず劣らず、疲弊をいやしてくれて余りある、
それはいい笑顔を向けてくださるお嬢さんたちばかりだが、

「ああ、ああいうお嬢さんたちを娶わせるのがいいのだろうか。」
「…めあわせる?」

何へ憂いておいでなのだか、
執務用の机へ突っ伏し、枕代わりの二の腕へ頬を伏せ、
うっそり伸ばした前髪の隙間から ちらり上げた視線で、
ちょうど国木田への資料を手渡しに来た事務方の綺羅子さんを目で追うて。
どこか悩ましげな声でそんな言いようをした太宰であり。
度肝を抜くよな美形でも、毎日観ていれば慣れるというのは本当で。
どこか困り切った物言いをすることへの、案じこそ寄せた敦ではあったものの、
はぁあという物憂げな吐息と、それを吐き出したお顔の水も垂れるような麗しさに
ついつい中てられ、調子を狂わされるということはもう無くなっており。

「引き合わせて結婚させるという意味だよ。」
「…一体 誰への話でしょうか。」

とんと話が見えぬまま、いきなり何を言い出したのだこの人はと。
先日あたった荒事、宝石窃盗団捕縛における
自分が担当した箇所への報告書をやっと書き上げ、
国木田からの“諾”をもらって
自分のデスクへ戻って来た敦がキョトンとしつつ訊き返せば。
いつも飄々としている彼には珍しくも、
酷い二日酔いか、徹夜が4日ほども続いたかのような
どこかぱさぱさと乾いた顔色の教育係様、
端とした面持ちのままながら、とんでもないことを口にした。

「勿論、芥川くんの話だよ。私にはあの子を幸せにする責任がある。」
「…何言ってんですか、太宰さん。」

何というか、あのその、ツッコミどころが多すぎるのですがと言いたげに。
年上相手に不遜ではありますが、それでも看過は出来ませぬと、
双眸を半目に眇め、胡乱なものを見るような顔になった虎の少年だった。





見初めてからのずっとずっと、
教育という名の折檻もどき、それは手酷いかたちでしか接したことはなく。
どんな言い分でも、それは私への意見かい?なんてねじ曲げて受け取っちゃあ、
口答えは許さぬと殴る蹴るして絶対服従を強いた相手。

 とはいえ、実はといえば、
 そりゃあもうもう大事にしたかった、秘蔵っ子的な対象で。

だって異能はエキサイティングだし、
ちょっと偏ってるけど聡明で、
応用も利かないけど、そこは世間知らずな天然さんだからしょうがない。
あんな綺麗な風貌なのに、
殺戮なんていう殺伐とした仕様しか持たない、
なのに他へは全く関心を寄せない風情の、冴え渡るまでに禁忌的なところがぞくぞくする。
良しにつけ悪しきにつけ、
この私にかつてないほど手を焼かせるほど、退屈させない逸物で。
マフィアから出奔した折、置いてかざるを得なかったことがどれほど心に痛かったことか。

  自分勝手の極みだと恨まれ憎まれるのはいっそ構わない。
  ただ、粛正の対象にならないかが心配だったが、
  そこは…口惜しいが相棒に恵まれていたというか、いやいや悪運だけは引き継がれたか、
  その身や地位への処断や仕置きが少なかったらしいこと、何とか知って安堵したくらい。

身柄を洗浄する期間を経て再会を果たし、それからそれから、
ひょんなことが切っ掛けで、
紆余曲折しまくっていた互いへの想いにようやっと素直になれて。
実はそうしたかったらしい自分の、甘やかしたいぞ欲求も留まるところを知らない勢い、
穏やかに微笑み合ったり、同じものへと視線を投じ、どう思うかと語り合ったり、
柔らかな猫っ毛を撫でたり、薄い肩を懐に掻い込んだり。
そんな不意打ちにおどおどと戸惑いつつも含羞みの様子を見せてくれる初々しさに、
内心で悶えまく…いやそれはともかく。

 「私との再会までは、
  ずぼらというか関心がなかったというかで通していたらしいが、」

やれば出来る子なのはもう判っている。
必要とあらば、料理や掃除、家事万端も器用にこなせる子だ。

「此処はやはり、気立ての良いしっかり者のお嬢さんと娶わせて、
 良い家庭を築くよう見守るべきなのかなぁ?」

「太宰さん?」

何だか様子がおかしいとさすがに察し、
とはいえ、この話題をまさかに探偵社で続けるわけにもいかぬ。
それがちゃんと判っていようにどうしたのだろうかと怪訝に感じつつ、
太宰を促して席を立ち、どうしたものかと迷ったのも一時、

 『? どうしたんだ、二人して?』
 『太宰さん、熱があるようなんですよ。』

怪訝そうな顔をした国木田へ、
ど、どうやらこの寒いのに昨夜いつもの入水をやらかしたようでと、
口から出まかせを持ち出したところ、

 『またかい? 困った奴だね、相変わらず。』

駄菓子の紙箱を開けながら、
今日は暇であるらしい乱歩さんが
デスクへ腰かけるというややお行儀の悪い恰好のまま口を挟んで来て、

 『休める時に休んでおいで。社長には僕から言っといたげるから。』

あんまり他人へは関心を向けぬ人が、
きっと嘘と判っていように敦の言うことをそのまま飲んでくれて。
さっさとお行きと、端とした様子ながらも後押ししてくれたのへ、
あわわとわたつきつつ それでも感謝して頭を下げてから、
この人に触れていたのでは途中で解けるかもと迷ったが、
こそり腕へだけ虎の異能を降ろし。
自分より背もあっての頼もしい長身、半ば力づくで担ぎ上げて。
さてどこへ場を移そうかと途方に暮れたものの、
さほどに選択先も持たぬまま、
とりあえずは社員寮の太宰が寝起きする部屋まで運んでの続きと相成って。

「荒事が務めだから、気丈でなきゃ添い遂げられないよね。
 もしかして危険な連中に人質として目をつけられかねないし。」

もしかせずとも、芥川へどんなお嬢さんを添わせればいいものかという、
とち狂ったとしか思えない話を続けている太宰なのであり。

「ああ、敦くんが女の子だったら一も二もなく一緒におなりと画策もしたろうに。」
「だ・か・ら、何 不穏なこと言ってますか。」
「だって、キミ、あの子のこと嫌いじゃないのでしょう?」
「…いやまあ、今はそうですけど。」

冗談抜きに、少しは熱があるものか。
それとも、隠しごととしなくていい相手だとあって、
胸へ溜めていただけじゃあ収まらない 色々々、
愛しいと思ってやまぬ萌え心や、当人へも言えぬいたわりの想いなどなど、
甘くてらしくはないあれやこれやを、
この子虎くんになら理解してもらえそうだと断じてか、
一気に吐き出してしまいたくなったようで。

 “まあ、こちらからも中也さんのお話聞いてもらっていることだし。”

自分なんかでいいのなら聞きましょうと腰を据えはしたれども、
何だか微妙に雲行きがおかしい。

「そういや、一昨日は派手に喧嘩したんだってね?
「喧嘩じゃありません、標的が微妙にかぶってたらしくて追われただけです。」

そんな、個人的なつかみ合いみたいに言われてもと、不平を鳴らし、
渋々ながら、その折の顛末を説明する敦だったりする。



     to be continued. (18.01.09.〜)



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 *例によってなかなか進みません。
  というか模索しつつ進めているという感じでしょうか。
  仕事をしつつ別のネタが浮かんだりする集中力のなさです、すいません。